北海道にも縄文時代があった?

縄文時代と聞くとどんなイメージですか?

1万年以上続いた歴史区分で原始的な生活をしていたといったものではないでしょうか。そのあとに弥生時代が始まったと学校で習ったかと思います。

しかしそれは日本の歴史としては足りません。北海道の歴史が抜けているからです。北海道の歴史区分は本州や九州とは若干違います。いったいどのようなものだったのでしょうか。

日本人の先祖はどこから来たのか

4万年前」の地球は「氷河期」の最中でした。陸地の多くが氷に覆われたため海の水が減り、現在よりも海水位が「100メートル」も下でした。そのため海底が露出して「北海道」と「九州」が「大陸と地続き」になっていました。

その時代に2つの陸上ルートで日本へ移住してきた人たちがいます。さらに南の海を渡ってきた人間もいるといわれています。

北方ルート(北海道ルート):大陸サハリン北海道
東方ルート(対馬ルート):朝鮮半島対馬九州
沖縄ルート(海上)

この3つのルートで日本列島へ人間が移住してきました。



北海道の歴史(縄文時代から擦文時代まで)

北方ルート」で移住してきた人たちは北海道に定住しました。北海道の先住民です。

旧石器時代」が終わると他の地方と同様に縄文時代特有の文化を形成しました。北海道でも数々の縄文土器や石器が出土しています。住居の痕跡も発見されています。

縄文時代(~紀元前3世紀)

北海道の縄文時代は日本列島の他の地域と比べて長い期間続きました。日本の歴史区分では「弥生時代」が始まっている中で北海道は縄文時代が続いています。縄文時代は「3世紀」まで続きました。

この時代の人間は他の地域と同じように縄文土器を作り竪穴式住居で生活していました。遺跡から縄文土器や土偶が出土しています。

北海道は自然環境が過酷です。生活していた人間はわずかだった考えるかもしれません。しかし「中野A遺跡」と「中野B遺跡」(函館市)の発見により12万平方メートルを超える大規模な集落を形成していたことがわかりました。数百もの住居跡と大量の土器や石器が発見されています。

過酷な環境でも大勢が暮らしていたことがわかります。

続縄文時代(紀元前3世紀~7世紀)

日本は弥生時代が終わり「古墳時代」に突入しています。稲作が普及し始めた時代です。しかし稲作には北限があるため北海道には伝わりませんでした。

北海道は弥生時代に移らず独自に縄文時代が続きます。それが「続縄文時代」です。この時代にも北海道の人間は土器を作り竪穴式住居で暮らしながら狩猟採集で生活していました。

また、この時代に「オホーツク人」が現れます。同時代の北海道に縄文人とオホーツク人が暮らしていました。

擦文時代(7~13世紀)

日本は「飛鳥時代」に入り法隆寺を建造したりと著しく文明が発展し始めました。その一方で北海道の文化はまだ縄文時代の延長にあります。

7世紀に入ると縄文文化が消えて「擦文文化」が現れます。土器の模様が縄文から「擦文」に変わります。表面に擦ったような特徴的な模様があることから「擦文土器」と名前がつけられました。北海道独自の文化です。

この時代には古墳が作られていたことがわかりました。「江別古墳群」(江別市)が発見されています。

オホーツク文化(5~9世紀)

続縄文時代・擦文時代と並行して「オホーツク人」による「オホーツク文化」が存在しました。オホーツク土器が出土しています。オホーツク人は海洋を中心とした狩猟採集を行い生活していました。

オホーツク文化はやがて擦文文化に吸収されました。

おわりに

北海道の古代についてはあまり知られていません。学校で習った記憶もありません。日本の歴史なのに知らずにいる人が大勢いるのが現状です。

簡単な内容ですが北海道にこういう時代があったということがわかっていただけたかと思います。